『ロリータ』(1962年)~アリス・イン・ハンバーランド

原題:LOLITA

1962年 153分 イギリス/監督:スタンリー・キューブリック/原作,脚本:ウラジーミル・ナボコフ/出演:ジェームズ・メイスン スー・リオン ピーター・セラーズ/引用画像:リバイバル版パンフレット(蒐集品)

□文学者のハンバート・ハンバート(ジェームズ・メイスン)はパリを出て米国にやってきた。下宿を紹介されて、未亡人シャーロット・ヘイズの家を訪ねると、庭には水着をつけた美しい少女が寝そべっていた。少女の呼び名はロリータ(スー・リオン)、シャーロットのひとり娘ということだ。としはまだハンバートの三分の一だったが、彼はひと目でロリータに夢中になり、部屋を借りることにした。やがてハンバートはロリータを目当てにシャーロットと再婚。しかし、夫のよこしまな想いを綴った日記を盗み読んだシャーロットは発作的に飛び出し、自動車にはねられてしまう。邪魔者が死んで、いよいよ好機がめぐってきたと喜んだハンバートは、ロリータを連れて町をはなれる。旅の途中のホテルではロリータのすべてを我がものにすることができ、彼の悲願もついに成就した。だが、しかし。そのホテルには、二人のようすをじっとうかがう男(ピーター・セラーズ)のあやしい視線があった。

■ナボコフが書いた『ロリータ』。これ、とてもおもしろい小説でしてね。重症の性倒錯者であるハンバート・ハンバートが、町の少女や、下宿の家主の娘のロリータを見つめて、自分が彼女らにたいしてどのように欲情しているのかをつぶさに語っていく手記なんです。ハンバートは成人女性とも交わりますが、でも彼の性幻想を本当に満足させてくれるのは、ある特定の魅力をもった少女だけ、という設定でしてね。物語は二部構成になっていて、ハンバートが少女やロリータに、あれやこれやと思いをつのらせている多幸感のある第一部は、ブラックな変態ダイアリーの愉しさで、かなり笑えますよ。知的な表現で装いつつも、じつのところは猥談ですからね。それで、第一部の終わりのほうでハンバートはロリータと肉体関係を持つんですが、ここから作品のトーンが変化して、また別のおもしろさを展開させていきます。念願かなってロリータを我がものにしたという喜びもつかの間、ハンバートは不正直な彼女の態度に疑心暗鬼にならざるを得なくなって、焦燥の日々となるんです。それまでのうきうきしたムードから一転して、かげが覆いはじめるんですよね。第二部はやや冗長に感じる部分もありますが、ドラマは終盤に向けて徐々に厚みを増しながら盛り返していきます。人でなしだったハンバートがロリータに去られた傷心をきっかけにして、わずかに人間味をもちはじめるあたりなんか、意外な感動があったりするんです。醜い物語ではありますが、少年時代のオブセッションに支配されている病人を描いた、ほの暗いロマンの傑作です。読み終わったあと、ニール・ヤングの「おれはただの夢追いで、おまえはただの夢なんだ」という歌詞を思いだしました。

■それで映画のほうですが、これは残念ながらほとんど無害になるまで薄く削られた、ただのあらすじです。そもそも描写の制限があって性倒錯の部分が描けないので、登場人物たちのパーソナリティが、かなり曖昧(あいまい)なんですよね。要となるべきハンバートの頭のなかのアブノーマルなファンタジーは封をされているし、セラーズのクレア・キルティにしても、ただそこに立っているだけのとぼけた変人です。ハンバートとロリータの関係性もほのめかすだけにとどめられて、察しがよくなければ、というか原作を読んでいなければ、ロリータ自らがお相手として大人の男を選ぶ傾向もあったなんてこと、鑑賞者は気づけません。で、そうやって核心の部分をごっそり抜いてお行儀よくまとめてあるもんで、ドラマの濃さを期待すると、これはぜんぜんだ、となってしまうんですよね。映画化作品が原作からはなれて別のテイストになることは当然だと思いますが、本作ははなから名前だけを利用する商売を考えているようなので、それはちょっとなあ、となってしまいます。

■でも、まあ、です。けっして嫌いな映画ではないので、良い点もあげておきましょう。これ、原作と違ってライトなので、観やすさはあるんです。ユニークなメロドラマとして、それなりの笑いも感じさせてくれるだろうと思いますよ。少女に惚れて、逃げられて、そして破滅を選んでしまう中年男の話なんて、じつに情けなくてオルタナティブですもんね。ロリータの足指にていねいに脱脂綿をはさんで、まじめくさった顔でペディキュアを塗ってやる馬鹿なハンバートくんも、これが名優メイスンの顔なんですから、なかなかの見ものです。それとまた個人的に特筆しておきたいのは、やっと再会したロリータに復縁を断られて、彼女の目のまえで涙を流すハンバートの図ですね。これもなあ、自分をふった女性のまえで泣くなんて、男としてこれほど恥ずかしくてみっともない姿はほかにないよなあ。という画で、この場面は自分のハートにしっくりきて、かなり好きだったりします。

■最後に思いつきの考察をすこし。劇中、シャーロットのセリフにもありますが、Humbert Humbert という名前はちょっと変わった名ですよね。いったい、どこからきているんでしょうか。同じく韻を踏むというところでは、チャーリー・チャップリンとか、ハンプティ・ダンプティを思いださせたりします。前者は、うんと年下の女性ばかりを選んで再婚を繰り返しましたし、後者はアリスが七歳半だというのをきいて、「七歳でやめておけばよかったのに。二人でならとしをとるのを止めることができたかもよ」なんて、まさしくあやしい、ハンバートの願いを代弁しているかのような言葉を吐いていたので、ひょっとしたら関係があるのかもしれませんね。あるいは、“hum” と “pervert” をあわせてハンバートなんでしょうか。これだと “鼻歌まじりの変質者” になるので、けっこうピッタリです。それとも、フランスで生まれたから “bete (けだもの)” とか?

■パンフレット。94年に再上映があったの、知らなかった。本作がコメディであることをアピールするデザインで、どのページも軽くてオシャレな感じです。

 

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