『羊たちの沈黙』~主役二人の演技でみせる秀作スリラー

原題:THE SILENCE OF THE LAMBS

1990年 118分 アメリカ/監督:ジョナサン・デミ/出演:ジョディ・フォスター アンソニー・ホプキンス/大阪・梅田ピカデリー3にて鑑賞/引用画像:前売半券(蒐集品)

□FBI訓練生のクラリス・スターリング(ジョディ・フォスター)は上司であるクロフォードの指示で収監中の犯罪者と会う。その人物ハンニバル・レクター(アンソニー・ホプキンス)は、自分の患者を殺して食べていた元精神科医だ。クロフォードの狙いはクラリスを心理学のエキスパートであるレクター博士に近づけ、捜査が難航している連続皮剥ぎ殺人事件についての意見を得ることにあった。博士をまともな人間だと思ってはいけないとクギを刺されていたクラリスだったが……。

■80年代に流行ったホラー映画も90年代に入る頃には下火でした。もう、一般の人々からは飽きられていたように思います。でも、それと入れ替わるようにして、異常な心理や感覚を扱う作品がクローズアップされだしたんです。で、本作がアカデミーにおいて作品・監督・主演男優・主演女優の主要部門を独占して受賞するとサイコ映画が大きく注目され、これがまたブームになったわけでして。

■この映画は、はなから大ヒットを狙ったと思しき作りで、観客を本気になって気持ち悪がらせようとはしておりません。扱う題材からするとスリルの演出は弱くて、皮剥ぎ魔バッファロー・ビルの異常性をあらわす描写にしても、せいぜい裸で踊るくらい。でも本作はそういった部分ではなく、主人公二人のキャラクターの面白みに重きを置いているんですね。そこが見事に当たって評価されたわけなんです。

※次の段落からは、要の部分にふれております

■まずは本作、クラリスの心の中が興味深いんです。彼女は周りの男たちから視線を向けられる場面が度々あるんですが、ノーマルな若い男性と親しくする場面ってないんですよね。で、その一方では、レクターやクロフォードに構えのない態度で接して笑顔を返している。クラリスさん、ファザコンっぽいんです。彼女は最愛の父を亡くしたことがいまも寂しくて仕方ないので、頼りがいのある年上の男には心を開きやすいということなんでしょう。と、もうひとつ。明言されてはいませんでしたが、おそらくクラリスは子供のときに引き取られた親戚のおやじから性的虐待を受けておりましてね。彼女はそれがあまりに辛すぎるもんで、自分は羊の屠殺を見ていたんだと記憶をすり替えているんです。でも、深層の傷が染み出して、無意識にどこか自分自身のこともノーマルの外側の人間としているように思えたりもします。ずぶ濡れのままでレクターを訪問する場面なんかでは、それを感じさせるんです。

■その場面では、彼女はイスではなく通路にぺたりと尻をおろし、レクターから借りたタオルで髪を拭いている。で、レクターの方も監房の壁にもたれながら床にゆったりと座っている。同じ床面に腰をおろして、同じ目の高さで話す二人の間には、うちとけたムードが醸し出されているんですよね。さらに、このお嬢さんはレクターを前にしても感情を隠そうとはしません。少年みたいに開けっ広げな表情を見せます。ディフェンス無しなんです。そうやって図らずも、怪物レクターの中から人間の部分を引っ張り出している。なんだか兄と妹が話しているような雰囲気。ひよっこだから、というのもありそうですが、やはり過去のトラウマが、彼女をこちら側で落ち着かせるのではないでしょうか。シンクロニーふうの描写でレクターとクラリスの隔てを消し去ったこの場面、魅せるなあと思いました。

■レクター博士の設定も当然ユニークですよね。ここではレクターの頭がおかしいことを、まるで特権のように描いております。精神異常なのに天才、なのではなく、精神異常ゆえに天才、ということ。まあ、レインマンな人の特殊能力とか、そういうところからの発想なんだと思います。で、レクターがクラリスのトラウマを執拗に掘り下げようとする。あれって、ただの変態尋問じゃなくて、荒っぽいけどカウンセリングですよね。レクターは医者なので、クラリスを治療したくなったんでしょう。結果的にはクラリスはレクターと関わって成長し、レクターも勇敢な患者を通じて生き返ったのかもしれません。これは、サイコ版のマイ・フェア・レディといったところでしょうか。

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