『ヘヴィメタル』~その無茶苦茶ぶりが魅力のSFアニメ

原題:HEAVY METAL

1981年 90分 カナダ/製作:アイヴァン・ライトマン/総監督:ジェラルド・パタートン/声の出演:ジョン・キャンディ ハロルド・ライミス/引用画像:本編映像,チラシ(蒐集品)

■大人向け漫画“HEAVY METAL”をアニメ化したオムニバス映画。7つのエピソードを、ロック・ナーというモチーフを使って一応結びつけてはいるが、話の核心の部分でのつながりはない。画風も内容もエピソードごとに違っており、バラエティに富んでいる。

 

 

□プロローグ『ソフト・ランディング』~第1話『グリマルディ』。スペースシャトルの底が開き、中からゆっくりと降りてくるコルベット。運転席には宇宙服のグリマルディ博士が座っている。コルベットはそのまま大気圏に突入して無事着陸。自宅に着いた博士が持ち帰ったケースからロック・ナーを取り出すと、それは突然、恐ろしい緑の光を放った。ロック・ナーが自らの意思を持つ諸悪の根源であることを知らなかったのだ。

■『ソフト・ランディング』の原案はダン・オバノン。イメージのみの作品でストーリー性はなし。コルベットと運転席の人物は写真や実写を使用。それをイラストの景色の中に合成して走らせている。写真を使うのはこのエピソードだけで、仕上がりとしては文句なしのカッコよさ。『ダーク・スター』のラストはオバノンのアイデアだったんだなと再確認。

 

  

□第2話『ハリー・キャニオン』。未来のニューヨーク。タクシー運転手のハリーが助けを求めてきた女をひろう。彼女はロック・ナーの隠し場所を知っており、取引をもちかける悪党から逃げていた。ハリーは女の魅力に負けて、手を貸すことに。

■『マルタの鷹』パターンのハードボイルドもので、ハリーの態度はボギー以上にドライ。バックシートのタクシー強盗は、何のためらいもなく殺人ビームで焼き殺す。薄毛で貧相なおっさんがボンドカーばりのタクシーでクールに活躍するなんて、ちゃんとした作画でやると狙い過ぎにみえてしまうかもしれないが、本編はこれをアングラふうの汚くヨレた線であらわしているので気取りも帳消し。これはうまいし、面白い。背景にも味があって、この世界観をもっと長くみていたくなる。

 

□第3話『デン』。科学大好き高校生のダン少年が、庭にめり込んだ緑の球体を発見。ある夜、部屋で実験中に落雷すると、球体のパワーで他の惑星へぶっ飛ばされてしまった!

■軽めのヒロイック・ファンタジー。モヤシな白人少年がロック・ナーの影響でアフリカン・マッチョのデンに変身。そしてオンナに大モテ&大暴れ。「18年間ずっと童貞だったのに、今日一日だけで二回もチャンスがあるなんて!」と歓喜する心の中の声が笑わせる。でも、そんなデンは作品中もっとも作画がブサイク。

 

□第4話『キャプテン・スターン』。宇宙ステーション内の裁判所。被告席のスターン大尉は証人を買収してあるので涼しい顔だ。だが、その証人の手にはつい先ほど拾ったロック・ナーが。証人は怪物化して、大尉に襲いかかってきた。

■ただの追いかけっこで単調。なんのヒネリもございません。画はマンガそのもので、昭和の午後6時を思い出す。お城のような石造りの壁や、大尉の軍服など、ヨーロッパのイメージを持ち込んでいるあたりが少しグッド。

 

□第5話『B-17』。敵機の攻撃を受け、蜂の巣になる爆撃機。コックピットにいた二人を残し、あとの乗組員は全員死亡した。そこへロック・ナーが飛来し……。

■原案がダン・オバノン。被弾した兵士が残像を残しながら、スローモーションでゆっくり倒れていくという凝りよう。その死に顔もかなりグロテスクなホラー編。ガイコツ・ゾンビが内臓を露出させている画が二重マル。冒頭では映像とロックがうまく馴染んで、ビデオ・クリップみたいなフィット感。ひょっとすると『バタリアン』はここから発展した?

 

 

□第6話『美人は危険』。ペンタゴンの上空に巨大UFOが出現。ドリル・ストローで建物に穴を開け、会議中の美人タイピストを吸い上げてしまう。

■ふざけた下ネタコメディ。タイピストがUFOの中でロボットに口説かれてベッドイン。事後のピロートークでは、ロボットが「ボクには最高の性行為がプログラムされてるんだ」といって、指を立てながらフィストをぐるぐると360度回転。ロボット君、サイテーだぞ。スマイリーフェイスのUFO&ストローという導入部分から察したとおり、運転士のエイリアンたちはもちろん白い粉をフガフガ。低俗だがギャグはわるくない。

 

 

□第7話『ターナ』。ロック・ナーによって殺された種族が死人(しびと)となって復活、別の種族を襲い死滅させる。その復讐を果たすため、女戦士ターナが立ち上がった。

■重めのヒロイック・ファンタジー。これは殺しの場面が念入りで、スプラッタな描写が目玉のひとつ。たとえば酒場でからまれたターナが剣を一振り。すると、チンピラ二人の首が同時にゴロン。こちらに向いた頸部の切断面からは緑の血があふれ出る、といった具合。捕らえられたターナが裸に剥かれ、ムチで打たれるなんていうアブノーマルなシーンも。ターナの動きはロトスコープらしいが、残念ながらもっさりしているだけで動作の面白みは感じられず。一方、背景の描き込みについては出来がよく、ここにはSFアートの魅力を感じる。

■全編をまとめての感想。とにかく殺しと女性のハダカがふんだんに描かれているアニメで、はなからターゲットが限定されている。それで、そういったものを本気ではなく、シャレとして描くところに時代の余裕があってマル。いろいろと壊れてはいるが、好事家にとってはそれも魅力のうちといえそう。でも、そんな中で『ハリー・キャニオン』はちゃんとした出来。この画はいまでも通用するのでは?

 

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