『岸辺の旅』~タルコフスキーの面影

2015年 128分 日本,フランス/監督:黒沢清/出演:深津絵里 浅野忠信/引用画像:試写状(蒐集品)

□瑞希(深津絵里)が炊事場に立っていると、三年前に失踪した夫の優介(浅野忠信)がとつぜん現れる。優介は自分がすでに死者であることを告げるが、その様子はとても穏やかだった。瑞希は動揺しながらも夫との再会を素直に喜ぶ。そして、優介がこの三年の間に見て来た場所をめぐる旅に誘われ、二人は出かけることになる。

■主人公夫婦の物語を軸に、旅先での三つのゴースト・ストーリーが織り込まれるオムニバス映画。これ、幽霊ものであっても、恐怖や怪奇がメインの映画ではありません。死者とその家族の間に残ってしまった悔いや未練などの思いをせつなく描いて、ドラマにとても深みがあります。シュールではないので、感動がストレートに響くわかりやすい作風となっております。

※ここから先は要の部分にふれております

■優介は海で入水したのち、生前の(おそらくは鬱症状による)混乱から解放されて、本当の自分に気づきます。そして、そのことを妻にも知ってもらいたくて、三年かけて戻ってくる。で、瑞希の方も夫との再会後の日々を「私、いまがいちばん好きかも」とこたえて、二人はあらためて愛を深め合うわけなんです。この、海から来た死者が夫婦の愛を確かめ、そして再び海へと帰っていくというお話は、たぶん黒沢監督版の『惑星ソラリス』なんでしょう。終わりの方では深津さんが「家に帰ろうよ」「また、逢おうね」というんですが、この二つの言葉も『惑星ソラリス』のラストの感情と重なっていたりします。黒沢監督の作品を観ていると、風に波打つ草原とか廃墟とか、タルコフスキーを思わせる風景がよく出てくるんですけど、今回は物語のテーマ性そのものにタルコフスキーを感じます。タルコフスキーという監督は生き直したいと願う人間を多く描いておりまして、『岸辺の旅』もまさしくそんな映画なんです。

■『惑星ソラリス』の主人公の男は最後に心の中の故郷を選んで現実をすててしまうんですが、でも、瑞希はそうはならずに自分の人生へと戻っていくんですよね。そこが過去をロマン化して後ろ向きに生きてしまいがちな男という生き物とは大きく違うところです。悲しみというものをちゃんと乗り越えられる、女性としての強さをあらわしていました。

■浅野さんも深津さんも、とてもいい芝居をみせてくれます。浅野さんのどこか欠落した感じは死後の人に見えるし、海外スターでいえばジェフ・ブリッジスに似た種類の可愛らしさを感じました。一方、深津さんはピュアリティにまじりけがないのがすごいです。だから、蒼井さんの持っているおどろおどろしさとの対比なんかもおもしろかった。で、瑞希が白玉団子を作ることによって優介が帰ってくるというシチュエーションですが、あれってひょっとしたら亡くなってすぐの者に供える枕団子のことなんでしょうか。深津さんが作ると、お団子に優しさが練り込まれているように見えます。

■あともうひとつ。二人が愛し合うシーンがニコラス・ローグの『赤い影』を思わせる感情で、強く印象に残るんです。優介と瑞希の深い愛情を伴う交わりなので、とても美しく、夫婦としての大切な行いとして描かれておりました。そういえば『赤い影』も死を免れない男の物語でしたね。やはり水辺でのお別れでしたし。

夫婦ものとして ★★★★★

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